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ヤンデレCD Re:birth
2014年10月17日更新
「Game-Style」特集
−Game-Style×Liar-soft連動企画 「帝都飛天大作戦」書下ろし掌編−

帝都天狗巷談
【帝都天狗巷談・更新情報】ライアーソフト公式サイトにて「帝都天狗巷談・五」が公開されました(2014年10月17日)

<帝都天狗巷談・一>
文/海原望


「───天狗じゃ! 天狗の仕業じゃ!」

「きゃあ!」

 突如浴びせかけられた絶叫に、月山キトラは大きな悲鳴を漏らした。喉から心臓が飛び出すような気さえした。
 商売道具の籠を抱きしめるようにして身を竦める、その横を絶叫の主が駆け抜けていく。彼の巻き起こす風が脂ぎった不潔な体臭を届け、キトラは鼻頭を押さえながら声の主を悟った。
 この界隈では有名な物乞いのお爺さんだ。キトラは飼い猫用の餌である肉を取り扱う「猫肉屋」であるが、余った肉を野良猫に与えている際、横合いから籠を分捕られそうになったことがある。
 その時は卑屈に淀んではいたものの、一応正気の目をしていたはずだ。しかし今し方、すれ違いに見た彼の瞳は、意思や理性を失った底なしの闇のようではなかったか。

 ───天狗じゃ! 天狗の仕業じゃ!

(あのお爺さん、何か見たのかしら)

 喉から血を噴いても構わない、といった感じの大絶唱を思い返し、キトラはぶるりと身を震わせた。冬のただ中、陽の降りかけた帝都の大気は肌寒いが、すれ違った狂気の手ごたえはより冷え冷えとキトラの気力を奪う。

 岐路に差し掛かったキトラは少し迷った後、自宅への遠回りとはなるが、歓楽街の大通りを歩むことにした。
 足を踏み入れれば、黄昏の時間帯が嘘のように視界が明るくなる。
 街灯のみならず、どのような仕掛けか煌々と発光するカフェーの看板が、徹底的に街路を照らす。道を覆う雪もここでは人々の熱気に溶け、薄汚れた氷の固まりとして退けられていた。

「なあ、見てくれよ。これ」

「なあに、それ。大きな銃ねぇ」

「鼻折砲ってんだ。天狗様の長い鼻っ柱をへし折るための猟銃だぜ。万が一奴が現れてもこれで守ってやるよ」

 髪を撫でつけた伊達男と、断髪の女。絵に描いたようなモボ、モガの会話が耳に入り、キトラの脳裏に再びあの一節が蘇った。

 ───天狗じゃ! 天狗の仕業じゃ!

 この頃、帝都は天狗の噂で持ちきりだった。
 夜でも昼のような光に溢れる繁栄目覚ましい帝都ではあるが、あやかしの付け入る闇が失われたわけではないらしい。日々重ねられていく盗み、拐かし、人殺しの、どこまでが人の仕業で、どこからが人ならざるものの手によるものか。
 少なくとも、広場に忽然と出現した墜落死体、首を怪力でねじ切られた死体、人目のない数分のうちに生み出された警邏団8人分の細切れ死骸、これらは人の為せる所業ではあるまい。空中を飛び、尋常ならざる膂力と風の如き素早さで人を害するあやかし───どこぞの山から降りてきたはぐれ天狗によるものである、という噂が生じるや否や、それはたちまちに真実味を帯びて帝都を駆け巡ることとなった。

(うう、厭だなあ。これからひとりで帰らなきゃならないのに)

帝都天狗巷談

 怪人赤マント、幽霊列車、街角ファム・ファタール等、物騒にして不可思議な噂の多い帝都ではあるが、このはぐれ天狗の与える恐怖は現実の事件と繋がっているせいで、より身に迫って感じられる。
 モボの掲げた天狗用の猟銃は飛ぶように売れているそうだし、天狗の弱点は鯖であるという噂が流れた際は日本橋の魚河岸で鯖が高騰し、今なおすっからかんに売り切れ続けているという。

(天狗用の猟銃って、普通のものとどこが違うのかしら。鯖が苦手って本当なのかしら。あたしだって、できることなら身を守りたいけど……)

 そこにすれ違った男が、襲う天狗と浚われる女のエロ・グロ絵を表紙とした猥雑な冊子を小脇に抱えているのを見て、キトラはますます複雑な気分になった。
 ひとりで出歩かねばならない職業婦人にとっては生命と貞操の脅威でも、大の男にとっては猟奇変態趣味を満足させる素材のひとつでしかないのだろうか。

(───でも、そういう余裕も大切なんだわ、きっと)

 天狗に怯え、警戒しながらも、人は自活のために眠りを得ねばならない。どこかでその危険性を侮ってみせるのも必要なことなのだろう、とキトラは割り切ることにする。
 そういえば、子供たちの鬼ごっこはいつの間にか「天狗ごっこ」と呼称されるようになった。いつか街角で見かけた、目を輝かせながら仲間を追い回す小さな天狗の姿を思い浮かべ、強ばっていたキトラの頬がようやく微笑みに緩む。

「……あ」

 と、風に遊ばれ、かさこそと生物のように地を這ってきたものがある。打ち捨てられた新聞だ。

 絡みそうになった足を引きながら見やれば、ここにも「令嬢殺人事件、またも天狗の仕業」の見出しが踊っていた。

(これって、青い風見鶏のお宅で聞かされた、あれのことよね……)

 ほんの数時間前、昼間に交わした会話を思い出す。
 定期的に猫肉を買い上げてくれる得意先のひとつ、さる男爵家のお勝手口を訪れたところ、大きな邸宅全体が動揺と恐怖にざわめいていた。聞けば、そのお宅のお嬢様が天狗に浚われたのだという。

『あたし、この目で見たのよ。うちの中庭を散歩していたお嬢様がね、突然現れた黒い影に浚われたの。空からやってきて、お嬢様の肩を掴んで持ち上げて、また空に舞い上がったの。
空中で暴れるお嬢様の足を見ながら、あたし、何もできなかったわ。何が起きたのか、とっさにわからなかったんだもの』

『私も見たわ。とはいってもその場には居合わせなかったんだけど、この娘の悲鳴が中庭から聞こえたから出てみたの。そしたらもう終わった後で、後にはこの娘と、空から蹴り出されたお嬢様の靴しか残されていなくて───
私が見たのは足跡。中庭、今は一面雪に覆われてるんだけどね、歩いていたお嬢様の足跡が忽然と途切れている様を確かに見たの。
それだけでありありと目に浮かんできたわ。お嬢様はその最後の足跡のところで捕まったんだ、あとは空中に浚われてどこかへ連れていかれてしまったんだって───その、拐かされる無惨な光景が』

「うう……」

 誰かに打ち明けたかったのだろう、争うように証言した屋敷の女中たちの、青白い顔色を思い出してキトラは身を震わせた。
 直接対面したことはなかったものの、かの令嬢がキトラの届ける猫肉を手のひらに乗せて、楽しげに猫に与えていたという話は伝え聞いている。勝手ながら少し親しみを覚えていたそのお嬢様が、天狗の餌食となった───

「…………」

 視線を落とせば、四方から照らされて行き場をなくした影が、自分の足下に頼りない分身を作り出している。大通りは明るい、闇の隙間がないほどに明るい。
 それでもキトラには、最早その明るさが頼もしいとは思えなかった。人ならざるものたちに対して人間が精一杯張ってみせた、脆く儚い虚勢のように感じられる。
 足元から昇り立つような木枯らしに身震いし、帰路の長さを思いながら、キトラは小走りで大通りを抜けた。

<帝都天狗巷談・一 了>


<帝都天狗巷談・二>
文/海原望


「人の噂というのは面白いものだな」

 人の世から鬼の棲み処へと戻るなり、人首丸が口にしたのはそんな呟きだった。
 大獄堂悪路を主とする鬼の一派で参謀を務める彼は、今日は荒事ではなく交渉事のために外出していたのだ。人の世に忍び込んで調べものをしたり人脈を築いて利用したり、などといった繊細な真似は、仲間内で「細かい」「面倒くさい」と評される彼にしかできない。

「噂? 何か面白そうなことでも耳にしたのかしら」

 窓際に佇む女が、ワイングラスを傾けながら気だるげに応じた。逆光に浮かぶ人影の、実ってくびれて張り出した輪郭だけでも艶めかしい。

帝都天狗巷談

 常日頃人首丸の神経質を笑うのは主にこの女だ。後先考えずに人の世の血や肉や男の精を食い散らかし、取り締まろうとした官憲を返り討ちにするなどという派手な真似をしてくれる。
 人首丸にとっては迷惑な同胞ではあるが、仕方がないと諦めてもいる。彼女───鈴鹿は、単に大獄堂悪路という「男」に惚れて地獄の共連れを望んだ、言ってみれば「ただの女」を極めた存在なのだ。

「知っての通り、自分たちの荒事は天狗の仕業となるよう噂をばらまいてある。帝都の守護者たちに鬼の存在を気取られぬようにな。それは存外、うまくいっている。噂の種を落としただけで大した後押しもなしに、帝都の隅から隅まで行き渡ったようだ───」

 ───天狗じゃ! 天狗の仕業じゃ!

 酒精に乗って取り交わされ、お勝手口で囁かれ、新聞記事の見出しに踊るこの文句は、恐怖と興味の言霊を帯びて今日も生き生きと帝都を駆け抜けている。

「当の天狗の耳にも届いたかしらね。───届くといいわ。かつて悪路様に味わわせた屈辱の一端でも味わって、歯噛みすればいいのよ」

「自分もそう思う。だが、どうやら噂が変質して伝わっているようでな。空を飛んで人を襲う野蛮な妖怪、というまでは自分の流した範疇だ。鼻が長く大きいというのは伝承に則ったものだからまだわかる。だが、鯖が苦手だの、剛毛だの、不潔で凄まじい体臭だの、どこからそんな尾鰭がついたものやら───」

「ああ、それ、妾よ」

「……何だと?」

「妾、考えてみたの。例えば巷に妾の噂が流れていたとして、どんな風に耳に入れば腹が立つのか。ただ野蛮で残虐な天狗がいる、なんてそれだけじゃあ弱いわ。妾、そんな風に噂されても何とも思わないもの。
だから妾が言われたら厭なこと、全部乗せてみたのよ。毛むくじゃら、不潔、身体が臭い。───あ、鯖については知らないわ。ともかく、あの天狗の耳に入った時、大いに眉を潜めてもらえるようにね」

「む……」

 暫し頭の中で空想をこねくり回し、人首丸が呻く。
 かつて彼の主を徹底的に叩きのめしてくれた天狗の、造作ばかりは整った小憎らしい面を思い浮かべる。それが人の口から口へと渡るうちに歪められ、剛毛悪臭の醜悪な生物に貶められていくのだと思うと、生真面目な人首丸の胸の奥にも愉快な心地が湧き上がってくる。

「これだけじゃあ足らないわ。もっともっとへんてこにしてやるのよ。お腹の中が悪い虫でいっぱいとか、体中におできがあって青い膿を噴くとか、逸物が二股で螺旋を描いているとか───」

「……もうよせ」

 窘めつつも、人首丸は耐えかねたように噴き出す。
 日頃真一文字に結ばれた唇の崩壊を目の当たりにして、鈴鹿も莞爾、血のように濃い赤酒で唇を湿らせながら、童女めいた無垢な笑みを浮かべてみせた。

<帝都天狗巷談・二 了>


<帝都天狗巷談・三>
文/海原望


「天狗の噂を知っていますか?」

 男が唐突に話題を変えたのは、目の前の子爵令嬢、鷺宮美禰子の気を惹きたいがためだった。  真っ直ぐに流れ落ちる滝のような黒髪、秀麗な顔立ち、旗袍(マンダリンドレス)に包まれた魅惑的な肢体。肩書きを抜きにしてもそそられる存在だ。
 箱入りの令嬢という生き物にしては知性や自我を感じさせるはきはきとした話しぶりだが、どこかに隙はあるだろう。いっそ恐怖で怯ませて突破口を作ってしまえば良い───と男の打った些か強引な作戦は、この美禰子嬢の好奇心旺盛な気質からすれば分の悪い賭ではなかった。

「ええ、聞いたことがありましてよ。なんでもお山から降りてきて帝都に住み着き、好き勝手に暴れ回っているとかいう───」

「ご存じでしたか。ご婦人の耳に入れるには、いささか血腥いお話ではありますが」

「家人もそう言って、詳しいところを教えてはくれないのです。だからこそわたくし、とても興味がありますわ。お山からわざわざお越しになった天狗さん、そんなにやんちゃをしていらっしゃいますの」

「やんちゃどころの騒ぎじゃありませんよ。頭上から急に降りてきて、こうガッと肩を掴んで、そのまま好きなところへ浚っちまうという話ですからな。まるでシンドバッドの怪鳥ルフです。
しかも凄まじい力の持ち主で、生きたまま手足を引っこ抜いただの、首をねじ切っただの、片手で頭を握りつぶしただの……」

「まあ怖い」

 美禰子嬢は口元を手で抑えて眉をしかめる。その仕草は男の狙い通り、それまでになく自然体で、一枚仮面を剥がされたようなあどけなさがあった。男の弁がますます熱を帯びる。

帝都天狗巷談

「何でも身の丈三米を越える大男で、赤黒い不細工な面から長くて太い鼻を生やしているそうですよ。しかも猿のような毛むくじゃらで、豚小屋より凄まじい体臭を発しているとか。そんな汚らわしい風体にも関わらず好色で、人の女に欲情して襲いかかってくるというから、それはもう───」

 男は言葉を切った。口元を覆ったまま俯く美禰子嬢の反応が、想定を大きく外れたものだと気づいたのだ。

「それはまあ、随分と───大変な天狗さんなんですわね」

 いかにも適当な相づちを打ちながら喉を鳴らす。どこまでも品の良いそれはどうやら忍び笑いだ。

「え、ええ。何かおかしいことでも?」

「いいえ、おかしいことなんて、何にも。とっても恐ろしい天狗さんなんでしょう。しかも人間の女に興味を示すなんて気味が悪いわ。わたくしも、せいぜい気をつけることにいたしますわね」

 そうしおらしげなことを口にしながらも、美禰子嬢はなおも堪え切れぬ様子でくつくつと笑い声をこぼし続ける。
 男にしてみれば、天狗を通して自分自身が馬鹿にされているようで面白くない。これ以上笑われては叶わないと、むっつりと口を閉ざした。

 男は知らない。この佳人の正体が、麗人M一号と呼ばれる国際的間諜であることを。
 男は気づかない。彼女を口説きにかかる前段階で、酒精と話術に乗せられるうちに無闇な情報をぽろぽろとこぼし、女にとっての彼は最早絞りかすであると。
 そして男が気づくはずもない。
 目の前の女が、本物の天狗を知る人間であると。

「───ねぇ、わたくしも実は、天狗さんのお噂を知っておりますの。貴方からお教えいただいたものとは違って、何の裏付けもない、眉唾物のお話ではありますけれど」

 精一杯噛み殺した笑いがそこから溢れてしまったように、目尻の涙を拭いながら美禰子嬢は言う。
 あてが外れすぎて悔しいというより空しい気分になった男は、何でしょう、と熱の失せた声で返すのが精一杯だ。
 そんな男の鼻先を、花のように甘く、雨のように清しい芳香が打った。美禰子嬢が身を乗り出し、女優めいた美しい顔を近づけてきたのだ。

「───彼の肩の後ろには、小さい小さい、針の先でつついたような黒子がありますのよ」

 そう囁いてみせる間だけ彼女は、子爵令嬢でも国際的間諜でもない、艶めかしい女の顔を剥き出しにしていた。

<帝都天狗巷談・三 了>


<帝都天狗巷談・四>
文/海原望


「あ、あの……お食事、できましたよ伽藍さん。ここに置いておきますね」

 返事は、ん、とも、むう、ともつかない呻き声だった。
 紙束の表面に何度も目を滑らせながら深く眉間をしかめる主の横顔を、月山キトラはおずおずと観察する。

(天狗……なのよねぇ、この人)

 この黒羽伽藍の奴隷となってそれなりの時間が過ぎていたが、時折彼が天狗であるという事実が頭から消えそうになる。出会って早々、空中に拐かされて上昇下降旋回と翻弄され、高みから放り出されて地上すれすれで止められる、などと人間離れした方法でいじめ抜かれたにも関わらずだ。
 キトラのおっとりのんびりとした気質が、喉元過ぎた熱さを忘れているせいもあろう。が、単純に主の風体が話に聞いていた天狗のものと著しく異なる、というのが何よりの原因と思われた。

(赤ら顔の巨漢で、不細工な顔から鼻がぬうっと伸びていて、全身毛むくじゃらで獣のような臭いがする……って。ひとつもあってないじゃない)

 背は高いが格好よく引き締まった体躯、端正な顔立ちにスッと通った鼻筋。毛むくじゃらでもなければ獣臭いわけでもない───ということも、今のキトラは不本意ながらよく知っている。

帝都天狗巷談

「───やはり、あいつの作品とやらはよくわからんな」

 ばさりと紙束を放り出しながら欠伸をひとつ噛み殺すその仕草も、妙に人間臭い。
 それまで目を通していたのは、知己である作家・夢野久作の猟奇短歌なるものの習作だが、それに理解を示さないのも天狗だからではなく作風が難解だからだろう。

(やっぱり、人間のように思えてしまうのよね。それとも、天狗にもわからない作品を作る夢野さんが人間離れしているのかしら)

 常に茫洋とした作家の顔を脳裏に浮かべ、キトラはそんなふうに思いを馳せる。
 と、伽藍が箸をとった。暫く置かれていたとはいえ、まだ湯気の立つ朝餉の味噌煮にその切っ先が伸びる。

「あっ……!?」

 キトラの思考に電撃が走り、伝聞と目の前の情景が繋がったのは、その瞬間であった。

「だ、だめ! だめです、伽藍さん! 食べちゃだめ! 死んじゃう!」

 箸を持つ手に取りすがって制止する。
 伽藍はキトラの必死な形相を胡乱げに眺めた。奴隷の分際で不躾な食事の妨害、常日頃なら犬猫を躾るようなしっぺを見舞われて終わりのところだが、この時の伽藍はただキトラの言葉の先を待った。猟奇短歌の不可解さが彼の気力を削いでいたのかもしれない。

「これ、鯖です。鯖の味噌煮なんです! ご、ごめんなさい、あたし───天狗の人が鯖を苦手にしてるって忘れていて……」

「なんだと?」

「わ、わざとじゃないの! ただ日本橋に行ったら、ここんところ見かけなかった鯖が置いてあったのが嬉しくて、ついつい手が伸びただけで……わざとじゃないんです! 本当です! ごめんなさい!」

 キトラは言葉を紡ぎながら飛びすざり、折り曲げた両足の臑のあたりで着地しながら一気に頭を下げる。猫肉屋稼業で培った「土下座零銭」なる極意の見事な披露であった。

「………………」

 やがて、叱責なり罵倒なりを予想して縮こまっていた頭が、長々と続く静寂に怯えながらおずおずと上がる。

「───え」

 キトラの見開かれた目の中で、ひょいひょいと箸が往復する。無造作に運ばれ、伽藍の口元に消えていくのは、紛れもなく鯖の味噌煮だった。

「え、えええ。だ……大丈夫なんですか?」

「天狗は鯖が苦手、か。これまたよくわからん噂だな。確かに或る山の開祖に鯖嫌いはいるが、そこから口伝えで帝都まで届いたものか───」

「そ、そうなんです、か……」

 呟きながら、なおも土下座体勢のキトラの全身を脱力が襲う。

「ああ、よかったぁ……」

「…………」

 心底安堵した風に独りごちるキトラを、伽藍は横目でチラリと見やった。

(鯖が本当に吾輩の弱点だったとして、何故止めた? 奴隷の身分から解放される、良い機会だとは思わなかったのか)

 それは、久作の猟奇短歌より、人々の根拠なき噂より、ずっと不思議なものを見る目だった。

<帝都天狗巷談・四 了>

───ライアーソフト公式HPにて、「帝都天狗巷談・五」公開中。

【タイトル】帝都飛天大作戦
【ブランド】ライアーソフト
【ジャンル】大正レトロフューチャー活劇AVG
【発売日】2014年12月26日
【価格】8,800円(税別)
【メディア】DVD-ROM
【対応OS】Windows Vista/7/8
【備考】
■関連情報
http://www.liar.co.jp/(ライアーソフト 公式サイト)